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倖田來未もしくはチープな天使

textes/批評/音楽

written 2006/4/27 [ updated 2006/5/22 ]


このところ、倖田來未の音楽を聴いている。
最初のベスト盤「BEST〜first things〜」(2005.9)は評判通り、収録曲の多くが覚えやすくキャッチーで(つまりどこかで聞いたような感じで)、わりと歌もうまくいい出来だと思う(J-POPの水準の中で)。
ただ、作曲者の好みのせいか、ベスト盤だからそうなってしまったのか、似たような曲調がならんでいるのは確かだし、多くの場合歌詞はほとんど無意味で無価値だし、曲の構造もワンパターンかつ単純、ほとんど転調もなし、なるほどガジェットな文化のはきだめのようなサンプルではあるが、そういう「存在の軽さ」みたいなものを許容できるくらい自分が疲れ切っている場合は、これはなかなか楽しめる。ホイットニーとかマライアとか宇多田ヒカルみたいに抜群ではないとしても、あくまでも既製品めいた範囲内としても、そこそこにエモーショナルでもある歌唱力が、魅力的だと思う。
がらくたのちらばる駅の構内を歩いて楽しめるような、疲弊した現代人には好ましい音楽に仕上がっており、その芸術的貧困、かなしい虚栄、つまり「チープさ」が、いまや懐かしさといとおしさを惹起するのだ。

一方、ビジュアル面のイメージは、あまり好きではない。
そんなにかわいいわけでもなく、そんなにセクシーなわけでもない。私はTVを見ないのでよくわからないが、たぶんじっさい彼女に会っても、特に惹かれるキャラクターでもないと思う。むしろイヤなタイプかもしれない。
ここでは、彼女に「与えられた楽曲」と、なかなか器用で無難でほどほどにエモーショナルな歌についての評価を問題にしているわけだ。

しかし年末から彼女が突然売れるようになり、今年いそいで出した2枚目のベスト「BEST 〜second session〜」は全然よくない。12週連続リリースというかなり商業的な戦略による一連のシングルを集成しただけのもので、とうてい「ベスト盤」とはいえないものだし、それよりも、内容的にへんに色気を出してしまい、聞けたものではない楽曲もある。
アイドルふうな路線もねらったらしい「Birthday Eve」とか、単に色物なだけの「Candy」とか、ねらいすぎの(大衆のイメージにおもねるかのような)「今すぐ欲しい」とか、・・・この人および関係クリエーターが本来好んできたと思われるR&Bでダンサブルなカラーが失われ、拡散しすぎてわけがわからなくなってしまっている。いくらガジェットとはいえ、なにか芯がとおって身体的統合が見えないと、受容する側は退屈してしまう。

この人は売れると共に「始まり」、その瞬間「終わってしまった」のかもしれない。
これを聞いたとき、ただちにそう感じてしまった。

「エロかっこいい」などというフレーズで出てきてしまったのがこの人の敗因になるだろう。
そんな言葉とかビジュアルイメージなんかどうでもいいので、あの(もとの)チープでガジェットな音楽性とほどほどな歌唱力をなんとなく楽しめばいいと思う。むしろ眼を閉じればいい。
COLOR OF SOUL、love across the ocean、1000の言葉、hands、Selfish、、、あの徹底的に中身のない歌詞と、まあまあサウンド的に洗練はされていても創意のまるでない楽曲(特に構造的に)と、まねごとを器用にやっている歌唱などが、チープな天国をかいま見せてくれる。
そこは先の見えない街の一隅に似ており、いままさにそこで、私たちは死んでいくのかもしれないのだ。


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