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フィリップ・K・ディック

textes/批評/文学

written 2003/9/6


Dick, Philip K. (1928-1982)

(少し昔の)SF小説にありがちな小道具を乱費する傾向があることから、 「いかにも」なSF小説家かといえば、読んでみるとそうでもない。
本人はずっと純文学を志していたらしいのだが、結果的には、思うに、彼の書いた「純文学」より金のために書いたSF小説の方がおもしろいようだ。
この奇妙に歪んだ感じは、ディックがたとえばアーサー・C・クラークのようにはSFを緻密に書けなかった(あるいは書こうとしなかった)ことに原因があるだろう。
短編は単なるアイディア勝負で書かれていておもしろくない。長編の方に、ディックの特質があらわれている。
ディックのSF長編小説の多くは映画を文章化したかのような頻繁な視点の交替から始まり、(むかしの)B級映画じみた未来的な小道具がいきなり氾濫する。状況設定にはひねりが効いており、最良の作品にはサスペンスがあふれている。
・・・しかしこういったことはディックのテクストの表皮の部分にすぎない。
それに、普通のSFあるいはサスペンス・ミステリとしてだけ読むとディックのエクリチュールには破綻(さいごまで納得のいかない部分)が多い。
しかし彼の傑作には固有の「世界の崩壊の感覚」があって、そうした窮地での不安や絶望感、苦悶の感覚が、読み進めるうちにひたひたと押し寄せてくる。それは一種の「悪夢」と呼ばれる物語の類型に違いない。
この普遍的な心理が表出されていることがディックの人気のカギなのだろう。しかしディックはそれを精緻な心理描写によってではなく、ほとんどばかばかしいというほかないB級SFのプロットの構築によって、成し遂げるのである。
この深層のテクストにとっては、多用されるB級SF固有の記号作用は泡沫にすぎないのだ。私たちのこの世界という体験が泡沫のように消えていくのと同様に。

パーマー・エルドリッチの三つの聖痕 (1965)> ユービック (1978)

サスペンスとプロットのひねりによって、一気に溝を滑り落ちていくような傑作。
「世界の時間が退行する」というエントロピー的な状況を打開するのが ユービックなる薬品の「スプレー」だなどという馬鹿げた発想と、執拗にコマーシャルなエピグラフのユーモアが、表層的なエクリチュールを自ら破壊し、逆に不安に満ちたテクストを露出する。

ヴァリス (1981)

ディックが到達したのは宗教的な世界観だった。この異色のSF作家の博学ぶりが示されていて、興味深い。


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