音楽について
textes/思考
written 2002/1/10
そのフロアでは、方向ごとに4つの音楽が同時に流れている。
エスカレーターの降り口はそれら4方向を対角線で結んだ交点に位置し、ここにやってきた人はその地点から歩き出す方向によって、4つのうちのいずれかの音楽を選択したことになる。
それらはどれも大音量であるため、中心に近い場所では複数の音楽が無作為に重なり、ノイズの渦となるように設計されている。
まず、中心から北の方角では、いまふうのポピュラーミュージック、拍のあたまに規則正しくバス・ドラムの入るダンス・ビートに乗った、どこかで聴いたような、おぼえやすい歌がスピーカーから流れている。
エフェクトの効いた効果音、パッド系のすっきりした和音の間を縫うように、女性の高い声が歌をつむぐ。歌詞は恋愛の一場面。この表現体には都会的なライフスタイルと、日常的な感情の高揚を示すシーニュが貼り付いている。
西側で歌っているのは男性で、ロック・ビートの上にギターのノイジーな分厚さがかぶさり、声は叫ぶように媚びるように、抑揚の少ない旋律を這う。ここでは男性的な暴力への憧憬と、無頼さを示すシーニュを見つけることが出来る。
南側では一転し、ビートは消え、クラシック系もしくはイージー・リスニング系の音楽が、やや「大人向け」の空間を作り出す。ゆったりとした(過度の抑揚をもった)ストリングスの上で、フルートがなめらかでやさしい歌を漂わせる。癒しとノスタルジックな感動のシーニュである。
感情が高揚してくると、「さあ、感動して、涙を流して・・・!」と、音楽が叫びだす。
東側はフュージョン、さわやかさ・スタイリッシュ・ダンディズムのシーニュを示す音楽だ。ノーテンキに軽く、要所要所でジャズから引っ張りだしてきたようなサックスやピアノのインプロヴィゼーションは、さわりだけですぐに引っ込められる。
さて、これら4つにはない、他の音楽的シーニュがほしくなったらどうすればよいか。
フロアを移ればよいのである。
気づいたときには音楽は失われ、サウンドだけが残る。デパートという場所が表象するディスクールの中に。
音楽は、今日、文化におけるラングである。
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